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⑥褥瘡治療の道標 ”TIME+α”の+α(外力・全身状態):褥瘡部位により大きく異なる外力対策!+栄養管理のポイント~まとめ(訪問診療で必須の心得)

まもりさん

TIMEだけでもかなりのボリュームでしたが、まだ覚えることがあるんですね…汗

S先生

よくここまでついてきてくれました!
でも、今回はTIMEより大切だと考えていることをお話しします

まもりさん

え、もっと大切なことがあるんですか!

S先生

そうなんです
その一つが、創部への圧迫を避けることです

まもりさん

確かに!
いくらTIMEの対策をしても、創が圧迫されていたら治らないですね

S先生

ご名答!
今回はTIME以外の創の治りを阻害する原因と対策を考えてみましょう!

今回は、創が治らない原因"TIME+α"の+αについてお話しです。褥瘡を治りにくくする原因は、TIME以外にもありますよ、というお話です。

ちなみに”TIME+α”??という方は、以下のページの冒頭をご参照ください。
②深い褥瘡攻略の道標 ”TIME+α”のT(壊死組織/活性のない組織)

では、+αにはどのような原因があるのでしょうか。以下に代表的なものをお示しします。
TIME以外に褥瘡の治りを悪くする因子
1 創部への外力:持続的な圧迫、ずれ力

2 全身状態の問題:栄養状態の不良、創の治りに悪影響を及ぼす疾患の合併
これらは実は褥瘡を発生させない予防としての重要ポイントとほぼ同様であり、褥瘡の予防・治療の両方を考える上で必要不可欠だと考えています。特に、訪問診療においては、様々な制約があります。その制約の中で、どのようにして対策を行えばよいか、お話しします。

そして、最後に"TIME+α"総まとめをします。
残念ながら、TIME+αへの対策を可能な限り行っても、すべての褥瘡を治すことはできません
ただ、終末期の患者さんにとって、”褥瘡を治すため全力を尽くすこと”、が必ずしも正解ではないと感じています。
では、何を褥瘡治療のゴールにすればよいのか、そんなお話をしたいと思います。
長かったTIME+αのお話もあと少しですので最後までお付き合いください。
目次

創部への外力(圧迫・ずれ力)への対策

深い創の表面を覆う肉芽組織というのは柔らかい組織のため、持続的な圧迫やずれ力が加わると比較的簡単に変形したり虚血に陥り、創が治らなくなってしまいます
そのため、創部に外力がかからないような対策が必要になります。
ただ、ここで大切なのが、圧迫やずれに対する対処法は、どこに褥瘡があるか、で大きく異なるのです。
おおまかに、以下の3か所で対処法を変えていく必要があります。
創部への外力(圧迫・ずれ)から守るための対処法は以下の3か所で大きく異なる
①仙骨部・大転子部・腸骨部の褥瘡
②坐骨部・尾骨部の褥瘡
③踵部の褥瘡
では、それぞれの部位ごとにどのように外力対策を行えばよいのか、次にお話しします。

1 仙骨部・大転子部・腸骨部に褥瘡がある場合の外力(圧迫・ずれ)対策

仙骨部・大転子部・腸骨部に褥瘡がある場合、圧迫がかかるのは、”ギャッチアップをせずに寝ている姿勢”です。仙骨部では仰向け寝(仰臥位)、大転子部・腸骨部では側臥位(横向き寝)により圧迫を受けます
ただ、ここで、注意してほしいことがあります。それは、”仙骨部褥瘡と尾骨部褥瘡を間違えない”ということです。
これはどういうことかといいますと、上の写真の褥瘡は尾骨部の褥瘡です。尾骨部褥瘡の特徴は仙骨より肛門側にあるということと、創部を押してみると、潰瘍の深部に角のようにとがった骨を触れる(尾骨)、ということです。
この尾骨部褥瘡は主にギャッチアップや仙骨座りが原因ですので、それらの対策が必要となり、仰臥位で生じる仙骨部褥瘡とは根本的に原因も対処法も異なるのです(尾骨部褥瘡につきましては1-2で詳しくお話しします)。

では、話を戻しまして、仙骨部・大転子部・腸骨部に褥瘡がある場合の対策としてのポイントは、いかに寝ている姿勢において、褥瘡がある部位に持続的な圧迫やずれ力を生じないか、ということです。
それをふまえて対策法を以下にお示しします。
仙骨部・大転子部・腸骨部に褥瘡がある場合の圧迫やずれ力への対策法(私案)
1 適切なエアマットを導入する

2 寝る姿勢としては、特に仙骨部に褥瘡がある場合は左右30度側臥位を選ぶ
3 無理のない程度の体位変換を行う
では、それぞれについて補足します。

1-1 仙骨部・大転子部・腸骨部に褥瘡がある場合のエアマットの選び方

仙骨部・大転子部・腸骨部に褥瘡がある場合、最も優先したいのは適切なエアマットの導入です。なぜ、エアマット導入が大切なのかは以下のページに載っていますので参考にしてください。
褥瘡予防&治療で最も大切なこと

仙骨・大転子・腸骨に褥瘡がある場合、どのようなエアマットを選べばよいか、最も大切なポイントを以下にお示しします。
褥瘡が発生した患者さんには、エアセルに厚みのあるエアマットを選ぶ!
では、なぜ、そう考えるのか以下のイラストを参考に説明します。
上のイラストのエアマットAとB、マット自体の厚みはほぼ同じです。しかし、エアマットAは下半分が膨らみっぱなしのエアーでできていて、実際に膨張収縮するエアセルは上半分のみです。すると、エアセル収縮時に膨張しているエアセルと十分な段差ができないため(左側のイラスト赤両矢印)、骨突出部は持続的圧迫を生じてしまうリスクがあるのです。
仙骨部褥瘡をみとめる多くのケースは仙骨が突出しているため、イラスト右側のエアマットのようにエアセみがあり、 エアセル収縮時に持続的圧を十分に解除できるものを選ぶことをおすすめします。
例えば、エアセルに厚みのある代表的なエアマットとしては、ビッグセルアイズがあります。

さらに、訪問診療においては、エアマットを使用することは以下のようなものすごくお得なメリットがあります。
介護度2以上なら月に1,000円ほどでエアマットをレンタルできる(しかも、予防効果の高いエアマットをレンタルしても価格はほとんど変わらない)
ですので、ぜひ、高性能なエアマットを導入して、創部への圧迫回避を行いましょう。
また、その他にもエアマット選びにはいくつかのポイントがありますので、詳細は以下のページをご参照ください。
エアマットの適切な選び方

1-2 寝る姿勢としては、特に仙骨部に褥瘡がある場合は左右30度側臥位を選ぶ

では、次に仙骨・大転子・腸骨に褥瘡がある場合の寝る姿勢~ポジショニングについてです。
基本は、創部が圧迫されない姿勢をとる、ということが大切になります。そこで、おススメなのが左右30度側臥位です。
上のイラストで分かりますように、30度度側臥位は仙骨や大転子・腸骨の圧迫を受けにくく、比較的お尻の平坦な部位がマットと接するため、仙骨・大転子・腸骨に褥瘡がある場合の創部への圧迫回避だけでなく、新たな褥瘡発生の予防としてもお勧めの姿勢です。
ただ、通常の生活において30度側臥位で寝ることはほぼありません。そのありえない姿勢でありながら、患者さんが心地よく寝てもらう、これが30度側臥位では大切だと思います。実は、この30側臥位のポジショニングを適切に行うにはいくつか抑えるべきポイントがありますので、詳細は以下のページをご参照ください。
寝姿勢+ポジショニングについて学ぼう!(2-2 おすすめの姿勢 その2 左右30度側臥位)

1-3 無理のない程度の体位変換を行う

では、最後に体位変換についてお話しします。
体位変換を行う目的は、創部への持続的圧迫の回避はもちろん、同じ姿勢を維持することによる患者さんの苦痛軽減、新たな褥瘡発生や拘縮の予防としても大切だと考えられています。
ただ、特に在宅の患者さんは老々介護であることが多く、もし、頻回の体位変換を指導すれば、ずって体位変換を行うことで褥瘡悪化の懸念や、介護疲れが大幅に増す可能性があります
私、訪問診療において、老々介護で疲弊している沢山のご家族をみてきました。
少しでもご家族の負担を減らしてあげることも、我々医療従事者の大切な役割ではないかと思います

そのような現状をふまえ、体位変換はどのような寝る姿勢をローテーションし、どのくらいの頻度で行えばよいでしょうか?あくまでも個人的な考えをお伝えします。
仙骨部・大転子部・腸骨部に褥瘡がある場合の体位変換について(私見)
1 寝る姿勢のローテーション
(一例)
 1-1 仙骨部褥瘡がある場合:右30度側臥位→左30度側臥位→右30度側臥位…
 1-2 腸骨・大転子部褥瘡がある場合:仰臥位→右30度側臥位→左30度側臥位→仰臥位…(左右30度側臥位の交互も可)
2 体位変換の頻度:介護者の負担が増し過ぎない頻度で体位変換を行う(適切なエアマット早期導入が最優先)。例えば、在宅なら介護士や看護師などが訪問した際、おむつ交換や食事後などに行う
※定期的に臀部をチェックし、骨の突出部に発赤(1度の褥瘡)をみとめたら、深い褥瘡発生のリスクがあるため、もう少し頻回な体位変換を検討
このように臥位で生じる褥瘡は、まずはエアマットの導入が最優先となります
そして、介護者の負担が増しすぎない程度に、創部が圧迫されないポジショニングを指導していくことが大切だと考えています。
ちなみに、1度褥瘡とは骨突出部に生じた3秒間圧迫しても消えない発赤のことです。この1度褥瘡はいずれ深い褥瘡に至るリスクが高いことを示していますので、エアマットの見直しや体位変換の頻度増加などの対策が必要です

2 坐骨部・尾骨部に褥瘡がある場合の外力(圧迫・ずれ)対策

では、次に坐骨部・尾骨部に褥瘡がある場合の外力(圧迫・ずれ)への対策についてお話しします。
始めに尾骨と坐骨の部位をお示しします。
では、どのような姿勢でこれらの部位が圧迫されるのでしょうか?
坐骨と尾骨で多少圧迫される条件が異なります。
このように、坐骨部は90度に近い座位保持、尾骨部はもう少し傾斜の緩い座位において圧迫されやすくなります。
このことをふまえて、坐骨部褥瘡、尾骨部褥瘡を有する患者さんに対する外力対策を考えてみましょう。

2-1 坐骨部に褥瘡がある場合の外力への対策

坐骨部に褥瘡がある場合の対策をシンプルにまとめれば、”長時間の座位を避けること”です。
しかし、坐骨部褥瘡は脊髄損傷など下半身麻痺の患者さんに多く、比較的若い年齢層になります。そのような方々に、褥瘡があるから多くずっと寝ているように指導することは、患者さんのQOLを大きく低下させてしまいかねません。
もちろん長時間の座位は控えた方が無難ですが、”いかに座位でも褥瘡悪化を防ぐような対策がとれるか”、も非常に大切になると考えます。
その方法を以下にお示しします(エビデンスが高いものがないため個人的な意見が含まれます)。
座位で褥瘡悪化を防ぐための対策法(私案)
1 ティルト型車いすを使用して、ある程度背面を傾けて座る
2 定期的にプッシュアップを行う(できれば30分につき20秒以上お尻を浮かせる)
3 車いす用のクッションを使用する
この中で特におすすめなのがティルト型の車いすです。ティルト型車いすは背面を傾けると座面も合わせて傾くため、坐骨部にかかるずれ力を軽減することができますし、姿勢も安定します。
さらに、定期的なプッシュアップもレバーで背面を90度近くまで傾けるだけで可能ですので、気軽に行うことができます(そのため、ティルト型車いすを使用するのであれば、より十分な除圧のため、プッシュアップはできれば30分毎に2分くらい行うことをおすすめします)。
特に脊髄損傷など下肢麻痺の患者さんでは積極的な活用が大切だと思います。

さらなる詳細は別ページで解説していますので、併せてご確認ください。
座位による褥瘡を未然に防ごう!

2-2 尾骨部に褥瘡がある場合の外力への対策

前述のとおり、尾骨部褥瘡は、①ベッド上での30度以上のギャッチアップ、②椅子での仙骨座り、などが原因で生じます。そのため、褥瘡が発生した後も、これらの外力を対策する必要があります。以下にその対策法をまとめます。
尾骨部への圧迫を防ぐ対策法
1 ベッド上での対策
 1-① 30度以上のギャッチアップを長時間(1時間以上)行うことは控える
 1-② 30度以上ギャッチアップしても尾骨部のエアセルが収縮でき、除圧できるエアマットを選ぶ
2 車いすでの対策
 2-① 90度ルールを守る
 2-② プッシュアップを定期的に行う
 2-③ 車いすクッションを使用する
30度のギャッチアップを行うと、上半身の60%の圧が臀部に集中するといわれ、臀部にはかなり強い圧迫がかかってしまいます
そのため、可能な限り30度以上のギャッチアップは避けた方がよいのですが、食事に時間がかかる、足側にテレビがありギャッチアップしないと見れない、など様々な理由で高い角度でギャッチアップしていることがあります。
食事以外のギャッチアップは可能な限り30度以下にしてもらうことが大切です。

さらにはエアマット選びも大切です。
というのも多くのエアマットでは、30度以上ギャッチアップした際に、臀部のエアセルを収縮させるとが底付きするリスクがあるため、臀部のエアセルは膨らみっぱなしになってしまうのです。ただ、エアセルが膨らみっぱなしで長時間維持すれば、創部に持続的な圧迫やずれ力を生じ褥瘡が悪化するリスクになるのです。
そこで、30度以上のギャッチアップを1時間以上行う場合にはビッグセルアイズをおすすめします。ビッグセルアイズ®はエアセルが非常に厚みがあるため、30度以上ギャッチアップをしても底付きしにくくい構造になっています。そのため、30度以上の背上げでも臀部のエアセルは収縮が可能で、尾骨部褥瘡の悪化リスクを最小限に抑えることができるのです。

さらには車いすの対策も大切です。
特に尾骨部褥瘡では仙骨座りで創部が圧迫されてしまいます
そのため、椅子に座る際は90度ルールを意識して座ってもらいます。
これは、股関節・膝関節・足関節すべてが90度になるように座る姿勢です。そうすることで、足底や大腿部後面などに圧が分散できますし、尾骨部の圧迫も最小限にできます。

それ以外の座位での対策として、プッシュアップや車いすクッションがありますが、こちらは別ページで解説していますので、併せてご確認ください。
座位による褥瘡を未然に防ごう!

3 踵部に褥瘡がある場合の外力(圧迫・ずれ)対策

では、最後は踵褥瘡の圧迫対策です。
踵部の圧迫対策法を一言でいえば、”踵を浮かせる”これに尽きます
といいますのも、踵は突出が強いため、エアマットを使用していても、エアセルの収縮時にも圧迫されてしまう可能性があり、エアマットのみでは十分な除圧ができないのです。
では、どうするかといいますと、下肢の下にクッションを入れて踵を浮かせるような対策を行っています。ただ、どのようなクッションを入れるかが非常に大切になります。
下肢の下に入れるクッションのポイントは、①クッションは適度に沈むクッションを使用、②なるべく下肢の広範囲に接する、②踵がマットに強く圧迫されない(なるべく浮かせる)、この3点を抑えていることが大切だと考えています。
ただ、足の長さは人それぞれですし、これらを満たす介護保険でレンタルできるクッションが私の探す限り見つけられませんので、私は冬用の綿の掛布団を折りたたんで、上記3つのポイントを満たすようなクッションをオーダーメイドで作っています。
この詳細は別ページに記載してありますので、ぜひ参考にクッションを作って踵の圧迫を防ぎましょう。
踵褥瘡の対策法

創傷治癒を阻害する全身状態への対策

では、TIME+αの+αのうち2つめ、全身状態について考えてみたいと思います。実はTIMEや外力の対策を適切に行っても、創部の改善には非常に個人差が大きいです。その原因の一つが全身状態の影響だと考えています
ただ、全身状態、といってもかなり幅が広いので、以下の2つに分けて考えます。
それは、①内科的疾患、②低栄養、です。
では、それぞれについて考察します。

1 創傷治癒を阻害する内科的疾患

実は、創の改善に影響を与える内科的疾患は数多く存在します。
以下に、その代表的な疾患をお示しします。
創の治りを阻害する内科的疾患+薬剤
1 糖尿病
2 心不全
3 腎不全
4 慢性閉塞性肺疾患
5 薬剤(ステロイド・抗癌剤など)
このように様々な疾患や薬剤が創の治りを悪くします。
とくに、循環障害を生じる疾患が褥瘡の改善に悪影響を及ぼす、と考えられます。
ただ、これらの疾患は決して専門ではないため、詳細な対策法は割愛しますが、少なくともどれも一筋縄にはいかない疾患ばかりです。
例えば、糖尿病に関して、特に高齢者では低血糖の方がリスクと考えられており、厳格な血糖コントロールは推奨されないのが現状だと思います。特に、褥瘡を生じるようなADLが低下した患者さんでは、HbA1c<8.0~8.5%とより緩やかな血糖コントロールが推奨されています。では、創傷治癒にはそれでよいのか?、まだ十分なコンセンサスは得られていない現状だと思われますので、何か有益な情報が得られましたらアップします。
このように創傷治癒という側面から、内科的な特に慢性疾患に対し、どのようにアプローチすればよいかは、まだまだ課題山積の状態だと思われます。
ただ、少なくともこれらの疾患を有する患者さんは、創が通常よりも治りにくい、さらには感染を合併しやすい、そういう心積もりをしておくことは、治療する上で非常に大切になると考えます

2 褥瘡を有する患者さんへの栄養管理

始めにお断りしますが、皮膚科医は栄養管理があまり得意ではありません(私だけ?)。
なので、ごく一般的なお話と少しだけ褥瘡ならではの情報をお伝えします。

2-1 経口摂取と経血管栄養のどちらが推奨されるか?

まず、始めにお伝えしたいこと、それは
経腸管栄養(経口摂取、経管栄養など)ができない患者さんの創は非常に治りにくい(私見)
ということです。つまり、経静脈的な栄養では、たとえ中心静脈栄養で経口摂取と同程度の栄養を摂取できたとしても、創の治りは芳しくない、と感じております。
その一つの原因が、経血管栄養ではインクレチンの分泌が促進されない、ということにあると考えています。インクレチンは最近では糖尿病治療薬としてもおなじみのGLP-1のほかGIPなどを総称した名称で、食物が小腸内に入り込むことで分泌されます。インクレチンはインスリンの分泌を促します。さらに、インクレチンやインスリンは血管新生やタンパク合成の作用があるため、創の治りに非常に有利に働くと考えられます。そのため、可能な限り傷の治りに有利なインクレチンを分泌できる経口摂取が望まれます

では、経口摂取ができるとして、どのような栄養素をどのくらい摂取すればよいのでしょうか?

2-2 推奨される必要栄養量

褥瘡を改善させるために必須の栄養素が”エネルギー”と”タンパク質”です。
これらは、肉芽の増生やコラーゲンの合成に必須の栄養素であり、十分な量の摂取が必要となります。

褥瘡を有する患者さんに推奨されるエネルギーとタンパク質の摂取量についてお示しします。
褥瘡を有する患者さんに推奨される1日栄養摂取量
・エネルギー:30~35kcal/kg
・蛋白:1.25~1.5g/kg
このように褥瘡を有する患者さんでは、通常の長期臥床の患者さんより多い量の栄養素が必要となります。それだけ、創を治すのには多くのエネルギーやタンパク質が必要になるということです。
ただ、ここで”高齢者は腎機能が悪い方が多いけど、大量のタンパク質を摂取しても大丈夫?”、という疑問を持たれる方もいると思います。
かつては、腎機能が低下したすべての患者さんに対し、蛋白制限が必要と考えられてきましたが、現在は見直されてきているようです。というのも、腎機能が低下すると尿毒症による食欲の低下や、代謝の調整機能低下により、タンパク質の分解が進みやすくなるため、蛋白室エネルギー消耗状態に陥りやすいと考えられています。そこに蛋白制限を行えば、低栄養状態になり創の改善に悪影響を及ぼします。
そのため、最近では褥瘡がある場合タンパク質制限は行わない方がよいのではないか?という考え方が優勢になっているようです
ただ、このあたりは専門外ですので、管理栄養士に是非ご相談いただき、摂取量の調整を行って頂ければと思います。

コラーゲンペプチドは有効か?

以前から、コラーゲンを食べるとお肌がぷるぷるに!、とまことしやかに言われてきました。かくいう私も、食べたコラーゲンが皮膚をぷるぷるにするわけが…、と思っていましたが、最近ではそれが科学的に証明されてきています。
というのも、食事として摂取したコラーゲンは分解・吸収されて組織に移行する中で、コラーゲンを産生する線維芽細胞を刺激することでコラーゲンが増えることが分かってきたのです。
では、どのようなコラーゲンが創の治りに有効に働くのでしょうか?
そもそもコラーゲンというのはタンパク質の一種で、タンパク質は複数のアミノ酸が結合して形成されています。アミノ酸は20種類もありますのでその組み合わせは膨大な数になります。その中でも、創傷治癒に最も効率的に働くアミノ酸の組み合わせについて様々な研究がなされています。
実際、肉芽を形成するコラーゲンの成分であるヒドロキシプロリン、成長ホルモンやインスリン様成長因子の分泌を刺激してタンパク合成を促すアルギニン、同じく高いタンパク合成作用を有するロイシンなど様々なアミノ酸を含むコラーゲンペプチドが販売されています。
では、それらのコラーゲンペプチドのなかでどれがおすすめなのか?、私明確な答えは持っていませんが、例えば上にお示ししますCP10はヒドロキシプロリンを10g配合してあり、さらには次にお話しします、創傷治癒に有効とされるビタミンや微量元素も含まれているため、おすすめしやすいと思います。
さらに、近年ではプロトンポンプインヒビターを内服していたり、膵液の分泌量が低下している高齢者も少なくないため、タンパク質を分解する消化酵素が減少しています。すると、十分量のタンパク質を摂取してもそれらが腸管から吸収しやすいアミノ酸や低分子ペプチドまで分解されず、創傷治癒に役立てられないことも問題となっています。そのため、すでに分解されたコラーゲンペプチドを摂取することで、アミノ酸の有効活用も期待されます。
コラーゲンペプチドの摂取が推奨されるケース
1 通常の褥瘡治療を行っても改善が難しい症例
2 プロトンポンプ阻害薬の内服や膵炎など消化酵素の分泌低下があり、タンパク質の分解が阻害されている症例

2-3 ビタミン、微量元素

栄養素の最後はビタミンと微量元素についてです。まずはビタミンからお話しします。
ビタミンの欠乏は、コラーゲンの合成機能が低下するなど、創の治りが悪くなってしまいます。そのため、ビタミン摂取は創を治すのに不可欠です。ただ、ビタミンには(A、B、C、D、E、K)など様々な種類があります。では、どのビタミンを特に摂取すればよいのか、といいますと…
ほぼすべてのビタミンは創の治りに何らかの関与をしている
そのため、ビタミンはまんべんなく摂取することが大切です。特にビタミンAは上皮形成を促進する作用、また、ビタミンCはコラーゲン合成を促す作用などがあり創傷治癒により重要と考えられています
ただし、脂溶性ビタミンであるビタミンAは過剰に摂取しすぎると体内に蓄積して、皮膚の乾燥や口唇炎、脱毛など様々な問題を生じることがありますので注意が必要です。

では、次に微量元素についてです。以下のイラストのように微量元素にも多くの種類があります。
では、どのような微量元素がおすすめかといいますと…
創傷治癒に主に有効な微量元素は亜鉛、銅、鉄
と考えられています。亜鉛、銅、鉄はコラーゲン合成に深くかかわっていると考えられています。そのため、これらの微量元素も定期的な摂取が推奨されています。特に亜鉛は高齢者の半数以上が潜在的に欠乏していると言われており、TIMEを意識した治療を行っても改善しにくい場合などは、血中亜鉛値を測定してみても良いかと思います(測定が難しい場合は、亜鉛値とある程度相関するALPでおおまかに亜鉛欠乏を推測してもよいかと思います)。
ただ、ここで注意点がありますので、以下にお示しします。
亜鉛は過量摂取により同じく創傷治癒に必要な銅や鉄などの吸収を阻害する可能性がある。そのため、過剰の長期摂取は逆に創傷治癒を遷延させる恐れもある
ガイドラインでも亜鉛は40mg/dayを超えない量での摂取が推奨

※もし、亜鉛欠乏を補充する目的でそれ以上の投与を行う場合は、14日間にとどめ投与終了後、血液検査で血中亜鉛値が正常範囲になっているか確認する
このように、創傷治癒に重要な役割を果たす多種のビタミンや微量元素がありますが、創傷治癒に有効な成分=大量摂取が推奨、というわけではないことに注意が必要です。
先ほどのCP10のリーフレットにはCP10 1個に含まれるビタミンや微量元素の成分量のほか、ビタミンや微量元素の1日推奨摂取量、1日摂取上限などが記載されていますので参考にしてください。
CP10の栄養成分+ビタミンや微量元素の1日推奨量、摂取上限

このように、創傷治癒を促すための栄養については様々な知見が蓄積されています。
ただ、日常摂取している食事の成分や補助食の栄養素の量などを併せて創傷治癒に十分な量の栄養素がまかなえているのかを計算して日々調整することは大変な作業です。
可能であれば栄養士などの指導をあおぎ、適切な摂取量を摂取し創傷治癒を促すことが大切です。

在宅褥瘡診療で大切にしていること

以上、TIME+αについてお話ししてきました。
褥瘡含め皮膚潰瘍の治療には、本当に様々な解決すべき課題があり、それらをすべて解決していくことが決して簡単ではないことが分かっていただけたかと思います。
それは、どれだけ学び、多くの症例を経験しても変わらない私の実感です。
いくらTIMEを意識して、除圧方法を思案しても、残念ながら十分には改善させることができない患者さんはまだまだ少なくありません
加えて、もう一つ、訪問診療で決して忘れてはならないことがあります。それは
訪問診療の本質は、”人生を終の棲家でその人らしく全うできるようサポートすることであり、必ずしも治すことが目的とはならない(私見)
ということです。
訪問診療に携わる医療従事者の中で、前職が総合病院での勤務、という方は少なくないと想像します。すると、”医療従事者の使命は治すこと”という刷り込みが多少なりとも根付いています。
しかし、前述のとおり、すべての褥瘡を治すことは難しい上に、時に積極的な治療は患者さんの苦痛を伴い、生きる気力を削いでしまう可能性もある、という現状において、訪問診療は必ずしも”治すこと”が目的とはならないのです。
そのため、私は以下の2つのゴールを設定しています。
褥瘡の治療には2つのゴールがある(私見)
1 創を治すこと
2 ゴールを治すことではなく、感染を生じにくく、痛みもない患者さんが安楽に生活できる創にすること
特に、予後も短く、経口摂取も十分に行えなず、創部も改善しにくいような患者さんやご家族には後者を提案しています
といいますのも、前述のとおり、デブリードマン、ポケット切開、創部洗浄…褥瘡の処置や治療は痛みを伴うものが少なくなく、そのような治療を希望されない患者さんも少なからずいらっしゃいます。
さらに、今回のテーマである外力対策も、褥瘡治療に重きを置きすぎて、楽しみにしているテレビが見れない、とか、自由に車いすも乗れない、となってしまっては本末転倒です。患者さんやご家族が何を最も大切にしたいのか、十分に把握したうえで、治療方針を決めることが訪問診療では大切だと考えています。その上でも、積極的なアドバンスケアプランニング(人生会議)を定期的に行うことは非常に有意義だと感じます。
そして、もし、痛みを伴う治療は希望されず、褥瘡を治せない場合でも、例えばデブリードマンしなければ感染により命に関わったり痛みが改善しないことがありますので、局所麻酔などを併用し痛みを最小限に壊死組織を除去し赤色肉芽で創部を覆うことができれば、感染リスクは抑えることができ、痛みを生じることも少ないです。
また、ギャッチアップしてテレビを見たいのであれば、可能な限り30度までにしてもらい、ビッグセルアイズなどの褥瘡予防効果の高いエアマットを使用して褥瘡が悪化しにくい対策を行います。
このように創を治せずとも、様々な対策法を身に着け、患者さんの希望に沿う提案ができるようにすることが訪問診療ならではの醍醐味だと感じます

そして、最後にもう一つ大切なことをお伝えします。
訪問診療の褥瘡対策で最も大切なことは深い褥瘡を作らないこと(私見)
そのために、ケアマネジャーなどエアマット導入のキーパーソンに、寝返りを打てなくなったら素早く適切なエアマットを導入する必要性があることを周知していく
もし、壊死組織を伴うような深い褥瘡が発生すれば、QOL低下は免れません。そのため、訪問診療ならではのメリットを最大限活かした対策が非常に大切であり、それが寝返りを打てなくなったら早期のエアマット導入だと考えています。
これを適切に行えれば多くの褥瘡は未然に防げる、そして、たとえ発生したとしても改善しやすい浅い褥瘡で済むことがほとんどであることを経験上実感しております(踵褥瘡などの例外はあります)。
この対策において、訪問診療が非常に有利なのは、介護保険で褥瘡予防効果が高いエアマットでも月に1,000円ほどでレンタルできるということです。このメリットを十分に活かせるよう、あとはケアマネジャーの方々に知識の啓蒙ができればと考えています。

そして、もう一つ私が大切にしていること、それは、患者さんやそのご家族、携わる医療従事者すべての方々に感謝するということです。特に、ご本人やご家族への労りを必ず診察の最後に伝えることを大切にしています
患者さんのご家族は24時間365日介護を続けています。お給料をもらえるでもなく、誰かに称賛されることもほぼありません。
褥瘡を有する患者さんもベッドの上で色々な感情と向き合いながら懸命に生活されています。
全ての褥瘡を治すことができる訳でもない、私でもできることは、患者さんやご家族の労をねぎらうことです。創がよくなっていれば、ご家族に”皆さんがよくしていただいたお陰で創がよくなっていますよ”、ご本人には”床ずれはなかなか治りにくいんですけど、○○さんの創はよくなっていて、まだまだ治る力がありますよ!”とお話ししたり、もし改善しなくても、ご家族やご本人に”今の状態であれば悪化してしまうことも多いのですが、現状を維持できているのはすごいことです”、そして、加えてご家族には”現状を維持できているのは、ご家族が適切な介護をしていただいているお陰です。ありがとうございます!”、など、患者さんやご家族が少しでも前向きになる言葉を診察の最後に声掛けすることを私は心掛けています。
全ての創や病気は治せなくても、せめて心のもやを少しでも消してあげることはできるのだと思います。そんな、ほんの些細な一言だけでも患者さんやご家族は救われていることを、私は多くの患者さんやご家族から教えていただきました。
さらに、ご本人・ご家族だけではなく、様々な職種の方々がお互いに尊重し、感謝しあえる、在宅医療がそんな場になっていけることを願います。
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