まもりさん
先生、ポケットがあって治らないんですけど、何とかならないでしょうか?
外科的な治療なしに、ポケットを治すことは難しいです。
ただ、浅くて広範囲ではないポケットなら、伸縮テープを使いこなせば、治る可能性があります!
本当ですか?! ぜひ教えてください。
「深い褥瘡が治らない」・・・その主な原因の一つが、“ポケット形成”です。
ほんの数mmのポケットであっても、一度生じると対策を行わない限り、適切な洗浄や適切な外用剤を使用しても褥瘡が改善しないことはしばしばあります。
そんなやっかいなポケットの対策を行うためには、「なぜポケットが生じるのか」を知ることが大切です。
今回は『ポケット形成の原因』と、それを踏まえた『対策法』についてお話ししたいと思います。
目次
ポケットはなぜ生じるのか?
ポケットを生じる原因はいくつかあると思います。その代表的な2つの原因を以下にお示しします。
1 ポケットの原因 その1 褥瘡発生時に深い組織(脂肪や筋)が壊死して、そのままポケットになる
一つ目が褥瘡発生時に深い組織(脂肪や筋)が壊死して、そのままポケットになるケースです。この特に深い組織を中心に壊死することを深部損傷褥瘡(DTI:deep tissue injury)といいます。
脂肪や筋は表皮~真皮に比べて柔らかいため、圧迫により容易につぶれます。すると特に突出した骨の周囲では、それら潰れた脂肪や筋に強い圧迫やせん断力(引き裂く力 下図左側の紫矢印)が生じます。これらの作用に加えずれ力も加わることによって、深い組織が主に壊死してしまうことがあるのです。
そして、壊死組織が除去されると、その除去された隙間がそのままポケットになってしまうのです。このような原因で生じたポケットは全周性のポケットになることが多いと思われます。
2 ポケットの原因 その2 褥瘡発生後にずれ力でポケットを生じる
もう一つのポケットの原因は、ずれ力によるポケットの発生です。こちらは、褥瘡発生後に生じると考えられます。
では、なぜ、ずれ力がポケットを生じるのしょう?
例えば、左上のイラストのようにギャッチアップをして寝ていたとします。すると黄矢印のようなずれ力を生じます。
この時、皮下脂肪を超える褥瘡があれば、脂肪組織が柔らかいため、ずれ力によって左下のイラストから右下のイラストのように簡単に創の形が変形してしまうのです。
そのため、皮下脂肪まで至る褥瘡のある患者さんに、長時間ギャッチアップする、ずって体位変換を行う、などをしますと、創部にずれが生じ、その影響で皮下脂肪が変形してポケットを形成してしまうのです。
このような原因で生じたポケットは特定の方向のみのポケットになることが多いと思われます(上図でいえば右上の写真のように9時方向のみポケットがある場合)。
3 ポケットをつくらないために最も大切なこと
これら2つのポケットの発生原因には実は共通点があります。
それは
ポケットは皮下脂肪を超える深い褥瘡で発生する
ということです。深い褥瘡はポケットだけでなく、感染のリスクも増し患者さんのQOLを大きく損ないます。
そのため、日頃から深い褥瘡を作らない対策が重要です。その方法については以下のページのまとめに載っていますので是非対策を願いします。
褥瘡治療① 褥瘡治療の必須事項 褥瘡の治療法は深さによって異なる!
ただ。それでも不幸にもポケットが生じてしまった場合どのように対策すればよいのか、次に考えてみましょう。
なぜポケットは治りにくいのか
皮下脂肪にいたる褥瘡では、前述のとおり、ずれ力などによって簡単にポケットが作られてしまいます。
では、ここで、一度生じたポケットがなぜ治りにくいのか考えてみます。
一度ずれ力で生じたポケットには同様のずれ力が継続することがすくなくありません。
すると、上のイラストを見ていただくと分かりますように、ポケット内部では、繰り返されるずれ力によって、肉芽同士が擦れ合う(青矢印)ため、肉芽同士が接着できないのです。
さらに、ポケットが縮小するには、最深部から肉芽が増殖する必要がありますが(イラストの黄色矢印)、鋭角に折れ曲がった最深部の肉芽は、物理的にも増殖できないのです。
ポケットを治すための条件
では、どうすればポケットを改善させることができるのでしょうか?
それは、先ほど説明しましたポケットが治りにくい原因を解消させる、つまり、肉芽同士の擦れがない状態、最深部の肉芽が盛り上がる状態にすればよいと考えます。
そのためにどうすればよいのかといいますと、“鋭角”に折れ曲がった最深部の肉芽を“鈍角”にすればよいと考えます、下のイラストで言えば、何らかの方法で左イラストの状況を右イラストの状態に変化できれば肉芽は増殖できるのです。
では、どうすればポケット最深部の肉芽を“鈍角”にできるでしょうか? それには、大きく2つの方法があると思います。
ポケットを改善させるための2つの方法
① 電気メスなどを用いてポケットを切開:特に全周性のポケットがよい適応
② 伸縮テープでポケットを牽引(けんいん):特に一方向のみのポケットがよい適応
文字だけでは分かりにくいと思いますので、これら2つの方法について、イラストにしてみました(下図)。 いずれの方法にせよ、肉芽の擦れとポケット最深部が鋭角であることの対策ができれば、肉芽は増殖し、ポケットは解消されると考えます。
ただ、外科的な切開は、特に在宅診療などでは出血のリスクもあり、ポケットが深い褥瘡や、ポケットに厚みのある褥瘡などでは、簡単にはできませんので、今回は割愛させていただき、「伸縮テープによるポケット対策」に絞って説明します。
※もし、ポケット切開について詳しく知りたい場合は以下のページをご参照ください。
難関攻略!褥瘡ポケット対策
伸縮テープによる ポケット・ずれの対策方法
では、伸縮テープを用いてどのようにポケット対策すればよいのかお話しします。前述しましたようにポケットに対する伸縮テープでの対策は、一方向のみのポケットに特に有効となります(左下の写真のように3時方向のみのポケットの場合、など)。
実際の症例で説明した方が分かりやすいと思いますので、症例を提示します。
上図左の写真のように3時方向にポケットをみとめる患者さん、このような場合は9時方向のずれ力が働いていると考えられます。 そこで右の写真のように伸縮テープを使用して、3時方向に牽引します。 すると2つのメリットがあることが分かります。
伸縮テープによるポケット牽引のメリット
① 浅いポケットであれば、ポケットをオープンにできる
② ポケット難治化の原因となるずれ力に抵抗することができる(ポケット切開後などのポケット再発予防にも有効)
③ポケットが深く牽引では最深部を開くことができない場合でも、ずれ力を軽減することでポケットが改善することがある
つまり、伸縮テープによる牽引は、ポケットを治しつつ、ずれ力によるポケット悪化予防にもなるのです。そのため、ポケットが深くて牽引だけでは十分に最深部をオープンにできない場合も、この牽引を行い、ずれ力の対策を行うことで、ポケット内部が安定するため時にポケットが改善することがあります。
ポケット形成があれば試してみる価値はあると思います。
ただ、この伸縮テープによるポケット対策、多少のコツがあり、適切に行わないと十分な効果が出せません。
次に伸縮テープによる対策法のコツをお話しします。
1 動画で解説 伸縮テープによる ポケット・ずれ力の対策方法
伸縮テープの使用法についてのポイントを始めにお示しします。
伸縮テープによる ポケット・ずれ力対策のコツ
①伸縮テープは洗浄後に貼るため、皮膚に密着しやすいように伸縮テープを貼る部位を十分に乾かす
②伸縮テープは15~20㎝くらいに切る(これはあくまで目安で、3時や9時方向への牽引であればテープの端が腹側側に至ると牽引力が増すためさらに長いテープが必要なこともある)
③伸縮テープを貼る前に剥離紙は全て剥がす
④可能な限り褥瘡の辺縁ぎりぎりにテープを貼る
⑤辺縁に貼ったテープを片方の手で押さえながら、ポケットが開くように引っ張る
⑥⑤の状態を維持しつつ、もう片方の手で皮膚に垂直方向にテープを引っ張る
⑦引っ張った伸縮テープのテンションを維持したまま皮膚に貼る
では、これらのポイントをふまえつつ、実際の処置方法をみてみましょう!
抑えるべきポイントは多いですが、決して難しい手技ではありませんので、ぜひ習得してポケット改善にお役立てください。
また、動画でお見せした褥瘡のように広範囲にポケット形成を認める場合は、複数の伸縮テープを使用して、複数の方向に牽引を行うこともあります(ただ、全周性のポケットなどかなり広範囲のポケットは牽引テープでの対応は難しい…)。
さらに、この伸縮テープによる処置により、トラブルを生じることもありますので、次に注意点を説明します。
2 伸縮テープによる ずれ・ポケット対策の注意点と対策法
伸縮テープによるずれ・ポケット対策の注意点は、主に、以下の2つがありますので、対策法も併せて説明します。
伸縮テープによる ずれ・ポケット対策の注意点
① ポケットが深い場合は、伸縮テープを使用しても、ポケットをオープンにできないことがある
② 伸縮テープの使用で肌荒れする
では、それぞれの問題に対してどのように対策すればよいのか、お話しします。
2-1 ポケットが深い場合の伸縮テープによる対策ではポケットをオープンにできない
ポケットが深い褥瘡は、伸縮テープによる牽引だけではポケット最深部をオープンにすることはできません。 ただ、先ほどもお話ししましたが伸縮テープで牽引することで、ずれの対策になり、創部が安定し、ポケットが改善することがあります。そのため、ポケットが深くても伸縮テープでの牽引をまずは試してみることをおすすめします。 ただ、ある程度の期間牽引を続けても、ポケットが改善しないのであれば以下の対策を行っています。
伸縮テープでの牽引でポケットが改善しない場合
①全身状態が良好で長期予後が見込まれれば、電気メスなどを使用したポケット切開を検討(切開後も新たなポケット形成予防のため牽引は継続することが多い)
②全身状態が不良の場合や長期予後が見込まれない場合は治癒を目指さず、創部の感染対策を主体とする(ただ、それでも可能であれば伸縮テープでの牽引は継続することが多い)
上記内容の補足をします。
①ポケット切開を行っても、もともとポケットを有していた患者さんは切開後も再びポケットが再発することが少なくありません。おそらく同様のずれ力が続いているのだと思います。そのため、ポケット切開後も再発予防のため牽引を継続することを検討します。
②特に訪問診療では全身状態不良の患者さんが少なくなく、そのようなケースでは、ポケット切開を行っても創が治らない可能性があります。そのため、感染対策として壊死組織の除去は行っても、ポケット切開は行わないこともあります(例外的にポケット内部に壊死組織があり感染が危惧される場合に、切開しないとポケット深部の壊死を除去できない場合は全身状態不良でも切開を行うことがあります)。ただ、やはりそのような場合も牽引は継続します。時に、あきらめずに長期に牽引を継続していると、急にポケットが縮小することもありますし、なによりポケットの進行を予防できます。
伸縮テープでの牽引は比較的安全にできるため、ポケットのリスクのある患者さんや、すでにポケットをみとめる患者さんには可能な限り行うことを推奨しています。
2-2 伸縮テープの使用で肌荒れする
牽引による注意点の二つ目は”テープ負け”です。
伸縮テープは粘着力が強いため、毎日、貼る・剥がすということを繰り返すと、皮膚トラブルを生じることがあります。その際には以下のような対策法を試してみてください。。
テープ負けの対策法
1 予防法
①テープが多少剥がれかけていても牽引力が保てていれば、伸縮テープは毎日は貼り換えない
②皮膚が弱い患者さんには、伸縮テープを使用する前に、皮膜保護作用のあるリモイスコート®などで皮膚を保護する
2 荒れた場合の対処法
①荒れた皮膚に伸縮テープを貼るのは避け、貼る場所や角度を変える(それらの対応が難しい場合は伸縮テープは肌荒れが改善するまで中止)
②荒れてしまったところにはワセリン(赤みがあればステロイド外用剤)などを塗布する
テープトラブルに対する対処法の詳細は別ページに載っていますのでそちらも参考にしてください。
適切なテープの剥がし方+テープによる皮膚トラブルの対処法
まとめ
今回は「伸縮テープによるポケット対策」について説明させていただきました。
伸縮テープによる、ずれ・ポケット対策は、外科的な治療を行わずともポケットを改善できる可能性があり、適切に行えばリスクも少ない、おすすめなポケット対策法だと考えています。
さらに、たるみが強く、ずれも生じるような患者さんに対して、ポケットができる前に伸縮テープを使用することで、ポケット形成を未然に防ぐことも期待できます。
ぜひ、注意点も踏まえながら、適切に伸縮テープを使用し、ポケットやずれの対策を行ってください。それによって、今まで改善が難しいと思われた褥瘡を治すための強力な一助になると思われます。